ゆめのかけら

岸くん可愛い妖怪です。@ki_tuuu

担当について考えてたら担当が変わった話

この度、岸優太くんを「自担」と呼ぶことにしました。

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 ↑自担の岸優太くんです。きゃわぴー!

 

 

 

 

 

………。

 

 

 

 

 

「おい!!!お前のケンティーに対する思いはそんなもんやったんか?!?違うやろ!!目を覚ませ!!!!」
と、わたしの中の村上信五が喚くので(該当担の方、申し訳ございません)、覚書として今の気持ちを書き綴っておこうと思います。
※俗に言う「担降りブログ」になっていると思います。でも担降りみたいに健人くんの事をばっさり切るなんて出来ません。読んで嫌な思いをする方がいたらすみません。

 

 

 

 


そもそもの前提として、わたしの担当は「中島健人くん」で、健人くんを知って好きになり応援し始めてから、疑うことなくずっと「自担は健人くん」だと思ってたし、そうだと思うようにしていた。

健人くんの事は見るだけで癒されて元気をもらえた。かっこよくて可愛くて、でも少しだけ不器用な面もあって。そのパフォーマンスに圧倒されて。どこに出しても恥ずかしくないそのキャラクター性と頭の良さ。
健人くんを応援し始めてからずっとずっと、(恥ずかしげもなく言うけどw)健人くんはわたしにとってヒーローだったように思う。

 

でも、「健人くんだけを好き!健人くん最高!」と健人担としての日々を過ごす中で、次第に気持ちに変化が見え始めた。

 

初めは素直に「楽しい」という気持ちから、健人くんが出ているテレビや雑誌、ラジオを追ってた。イベントやコンサートも可能な限り入るようになった。
でも、徐々に、それを継続する事が辛くなってしまった。

次第に健人くんが出ている番組を意識的に観なくなって、録画した健人くんの番組を見る事を躊躇するようになって、雑誌も買わなくなって……。
どこか「頑張って」「周りの人と張り合って」オタク活動に勤しんでいた部分があったんだと思う。

「同担拒否」という言葉があるけれど、わたしはまさにこれで、健人くんファンの子と仲良くなれない自分がいて、そんな自分が嫌だった。健人くんの魅力を分かってる人と熱く語りたいって思いもあるのにそれが出来ない。健人くんがより多く人に見つかれ!売れろ!と思う反面、わたしだけがこの健人くんを独り占め出来たらなぁなんて思う末期状態にある時もあった。

それでも「健人くんの担当」である事のいわば使命感のようなものから健人くんの担当を続けてきたように振り返る。だけど、気付いたらそこには「楽しい」っていうオタクをやる上でわたしが一番大切にしている部分が段々薄れていた。

 

そして、健人くんだけを見たくても、どうしても健人くんが属しているグループや、そのグループでの活動に目がいってしまった。
それが良いのか悪いのか、グループについて考える事が「担当」について考えるきっかけになった気がする。

 

 

わたしは長年嵐(ニノ)を好きで見てきたからこそ、嵐がわたしの中のアイドル、アイドルグループの基準になっていると思ってて。
そんなわたしが、アイドルグループに求めるものははっきりしている。
「目に見えて分かる仲の良さ」
「皆が同じ方向を向いている事」
「揃ったパフォーマンス」
「お互いに助け合い支え合ってグループ活動に取り組んでいる事」
グループとしてのそんな姿を見るのが好きで、グループに属している子はこういうグループの中で個人が楽しそうに活き活きと輝く姿を見せて欲しいと思っているし、だからこそわたしは長い間ニノのファンで居られているんだと改めて感じた。(今ももちろんニノも嵐もまるっと大好きですが見事な茶の間ファンです。でもそれで満足してます!)

 


話は戻るけど、そう、健人くんを見ているとどうしたってグループでの活動ならびにグループ個々人が気になってしまう。
その中で、セクゾはわたしが求めている「アイドルグループ像」に当てはまらない事が多々あった。
それを良しとして受け入れる事ももちろん多くあったし、自分の見た事のないアイドルグループ像を知る楽しみもあったけど、色々と気に食わないな(という言い方はあんまりだと思うけど…)と感じてしまう事も多くて。

そういうマイナスに感じた思いをツイッターで発散する事も出来ずに、もやもやとしたものだけが積もり積もっていった。
どうしてそのもやもやをツイッターで呟けなかったのか??
それは、グループのメンバーひとりひとりが本当に良い子達だったから。
それは、何かの間違えで、ふと関係者の目に触れる可能性があるネットだから。

話すなら、呟くなら、出来るだけプラスの事だけを呟きたい。
でも、プラスの事が呟けないぐらいに、マイナスの感情が襲ってきていた。
良い子だからといってグループ全体を愛でるにはその全てを受け入れるのが難しかった。

 

 

 

 

そんな中で、岸くんをよく見るようになった。


疲れた時、手持無沙汰な時、隙間時間があると「つい」岸くんの出ている番組を眺めてた。

岸くんが出ている番組については何も身構える事なく見れたし、見た後の後味がなんとも良かった。
まだまだ発展途上な所、それでも既に完成されているような所。
バラエティ番組にしても音楽番組にしても、岸くんの些細な一瞬の仕草が可愛いなと思う事が増えていった。
岸くんの事を素直に「好き」だと思う事、岸くんを見てると「楽しいな」と思う事が増えていった。


そして前回書いた岸くんに関するこれ

このブログを書き上げたのがちょうど40日前。その時にこれだけの熱量で岸くんについて語れたという事は、もはやこの時点で「岸くんを自担と呼びたい兆候」が表れていたような気がする。

オタクには「熱量」が伴うものだと思う。例えば今こうして必死にキーボードを叩いている事、これは誰に頼まれた訳でもなく、ブログを上げる事で給料が発生する訳でもない、「ただ語りたい」というその思いに動かされている。
そういう熱量を伴うのがオタクだろうとわたしは思ってる。
岸くんに対して、わたしの中にあった「無自覚の熱量」が「自覚ある熱量」に変わったのは、きっとこのブログを書いてからだと思う。

 

 

 

 

 

先月、少年倶楽部の収録に参加してきた。
この時のわたしは、健人くんが出ている時には健人くんのうちわ、岸くんが出ている時には岸くんのうちわを出していたけど、2人が同時に出ている時には、もう、何も出せなかった。
うちわをコロコロ変える事にも、何も出せない事にも、凄くストレスを感じたし、同時に「わたしはなにをしているんだろう…」という自分自身に対する呆れと寂しさがあった。なんとなく、健人くんにも岸くんにも申し訳ないという思いがあった。

そして、収録時には健人くんと岸くんをそれぞれ単体で見てかっこいい!最高!と満足していたけど、放送では当然のことながらカメラ割というものがあって、それぞれのメンバーが映ったり、グループ全体が映ったりしてて。
収録に参加した放送を見て、セクゾのパフォーマンスにがっかりしてしまって。
ああもう、だめだなって、今のまま健人くんを追い続けるのは厳しいなって、寂しいけど、そう思ってしまった。
健人くんが悪い訳じゃなく、グループが悪い訳でもない。ただ、今の彼らををわたしが受け入れられないだけなんだと思う。

 

 

同じ収録でPrinceは新曲を披露していた。
生で見た時に、岸くんの長い手足をこれでもかと使って踊るダンス、そして、生の歌声の綺麗さに圧倒されてしまった。わたしは大体曲に合わせて体を揺らしてしまうタイプだけど(バンドが好きでベースの音とかに思わずノッてしまう厄介で迷惑なジャニオタ…)そんなのも忘れるぐらい、もう呆然とその姿を見ていた。あまりにかっこよくて、拍手も上手く出来なくて、でも心の中では拍手喝采スタンディングオベーション状態だった。実際立ってたけど。
そう、その時は岸くんだけを見て、ああ岸くんかっこいい…って思ってたけど、いざ放送を見たら、グループとしてのパフォーマンスがなかなかに良かった。三人の声のユニゾンがとても綺麗だった。
粗削りでまだまだ未完成な感じはするし、3人がきちっと揃うパフォーマンスをする訳じゃないけれど、グループから出ている「勢い」や「熱量」はわたしの目にはなんとも魅力的に映った。

 

 

そして同時に、現在発売されている香取慎吾くんが表紙の「テレビナビスマイル」という雑誌に、岸くんが属しているPrinceのインタビューが載っていたので読んでみた。
わたしは特別「Prince」というグループ自体に思い入れはない。でも、そこでのインタビューは、彼らの一生懸命を通り越した、どこか必死さ漂う現状の思いが赤裸々に語られていた。
ファンに対して改めて感謝の気持ちを述べるその姿勢、三人で頑張りたいんだというそれぞれの思い、ただただ前しか向いていない今の三人が酷く眩しく、魅力的に映った。

そのインタビューを読んでから、過去の彼らの映像を振り返ると、胸が締め付けられるようだった。
彼らがこの春から夏に披露してきた曲達の歌詞は、前向きで、諦めない信じる大切さを歌ったものが多かったように感じたから。

ああ、グループっていいなって、素直にそう思えた。お互いに切磋琢磨して頑張っているんだという裏の頑張りを、隙間から少しだけ覗けた気がした。

 

 

そして、別のアイドル雑誌での、岸くんのインタビューがあまりに岸くんらしさ全開で、本屋で思わず声を出して笑いそうになってしまった。
岸「大好きな夏が終わっちゃって、秋は燃えカスみたいになってる」
燃えカスwwwwwwwwww
岸「もみじ狩りって、どーすんの?食べるの?ウマイの?」
食べ物じゃねーwwwwwwwwwwww
もうひとつひとつの発言に草を生やさないとダメな呪いにかかったかのように、とにかく岸くんの発言がツボで、そのインタビューを読んだら凄く楽しい気持ちでいっぱいになって。

 

 

 

 


で、そんな感情の揺れ動きがあって、ふと、「担当ってなんなんだろう」と考えた。

 

わたしは基本的にジャニーズってだけで好意的に受け入れるし、ジャニーズのタレントがテレビに出てるとその番組をつい見てしまう。
でも、じゃあそのテレビに映っているジャニーズタレントの「ファン」か?「担当」か?と問われたら、それは少し違うように感じていて。

 

わたしなりの価値観になるけど、「担当」とは??
「お金と時間をかけて応援したい人」「いつどこで見ても魅力的だと感じられる人」「その人を見ると自分の気持ちが高まる人」かな……??
「担当≒ファン」とも思うけど、「担当」っていうのは「ファン」よりも重くて深いような感じがする。「ファン」はもう少しライトな印象。
そしてジャニオタ界隈では「自担」っていうのが、ある種の名刺代わりみたいなものだとも思っていて。「自担」だと名乗る事で、まるでその子の「宣伝部長」にでもなったかのようで、真剣に向き合わなきゃいけない感がぐっと増すww

わたしは石油王でもなければ精神と時の部屋の住人でもない、ただのしがないOLだ。だからこそ、自担と呼んで追いかけたいのは1人にしたいなぁと。それがとても自分の身の丈に合っていると思う。あれこれ器用に出来ないからこそ、誰か1人を自担として、追いかけたい。


そこまで考えて、今その「マイ担当論」に当てはまるのは岸くんなんだって気付いて………ああもう岸くんを自担と呼んで応援したいな……岸くん見てるだけで楽しいんだもん…………ってふと思って、気付いたらツイッターで「今日から岸くんの担当になる宣言」をしていた。

 

 

 

 

これが「担当について考えてたら担当が変わった」という一連の流れです。 


健人くんの事は変わらず好きだし、セクゾの事も引き続きゆるっと応援していくと思う。セクゾの個々人はやっぱり魅力的だし、気になる存在。きっと来年も健人くんのソロコンがあったら全力出すと思う。

ま、担当じゃなくなっても、いきなり健人くんの事をばっさり切るなんて事は出来ないし、というか担当を変えた理由も自分が頑張りすぎた事とグループの事が理由だから(まぁ少しは本人のナニソレもあるんだけど例えば顔つきが変わったとかもにょもにょ)健人くん本人の事は変わらず最高だと思ってるし、恐らく新曲もアルバムも買うだろうし、時には岸くんを超えて健人くん健人くんする時だってあると思う…その時には、「あwいwつwwwwやっぱりケンティーやんけwwwwケンティーのラブホリ魔力に打ち負けてやんのwwwwwやーいやーい!wwww」と指を指して笑ってやってください…………。

 

ああでも、ほんと今は、自分の担当は岸くんだよって言いたいな。

 

仲良くなったジャニオタのお友達には担当が変わる事でなんとなく引け目を感じてしまうけれど、その時々で、自分の感情には素直でありたい。

あれこれ言い訳よろしく書いてみたけど、結局は健人くんのファンでいる事に少し疲れてしまったように思う。
マイペースにオタクをやる事の大切さを痛感したな。
健人くんの事も、また健人担としてマイペースに応援できる日が来るといいな。やっぱりどこまでいっても健人くんは変わらずかっこいいもん。

 

 

まとまりの「ま」の字もないような取り留めのないブログになってしまった。


今後もマイペースに楽しいジャニオタライフを送りたいと思います!ちゃんちゃんっ