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ゆめのかけら

ついに岸くんの沼に落ちた。@ki_tuuu

少しのズレも個性としたその逞しい姿(健人ソロコン)

中島健人ソロコンサートを見て感じた事や語りたい事はたくさんあって、さてどういう風に書こうかなと悩んだ時に、ジャニーズWebに掲載されていたソロコン囲み取材のレポートを読んだ。そこには中島健人自身が「正直、(人と比べて自分は)ズレている部分もある」と発言しており、その一文を読んで感じた事からスタートしようと思った。

 

そう、中島健人を見ていると、どこか人とは少しズレているのではないか、と感じる事がある。
それは主に感性の部分、表現の部分でそう感じる事が多いようにわたしは思う。
しかし、他者から見て「ズレている」と思われる所は、正しく磨けば強烈な光として、圧倒的な個性として輝く事が出来るはずだ。
中島健人はそれを見事にやってのけたのだと、彼を輝かせているのがこの「ジャニーズ」なのだと、改めて感じた、そんなソロコンサートだった。

 


TDCホールで行われた中島健人のソロコンサート「#HoneyButterfly」に行ってきた。

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中島健人は「ラブホリ王子」「ドSキャラ」という特異な面でキャラ立ちしている為、その発言に対して笑われる事も多い。
彼の生み出す世界観が独特で、そしてあまりに少女漫画じみていて、ファンである私自身も、時に失笑したり苦笑したりという事も、実は少し、ある。(すまん健人…)
それでも、「ぶっ飛んでる」と言われるような事であっても、本人は至極本気で、ナチュラルに、根っこの部分からそれをやっているのだ。
そう、きちんと筋が通っていて、よーく見ると理にかなっているのだ。

 

だからこそ、面白い。

 

彼が魅せてくれるその世界は、わたしの目にはとても魅力的に映る。
今回のソロコンサートでも、こちらが「大丈夫かな?ついていけるかな?」と身構える間もなく彼のその独特な世界観に引きずり込まれ、気付けばその世界の一員としてそこに存在しているような、そんな不思議な感覚になったのだ。

 

 

 

ソロコンサートは今年で二回目。
去年とは趣向も変えてまたひと味もふた味も違った一面を見せてくれた、そんなソロコンサートだったように感じた。
まずはコンサートの中で印象的だった部分をあげていこうと思う。


前回の「Love Ken TV」では「Sexy Zone・ジャニーズとしての中島健人」感の強いコンサートだったように感じたが、今回の「#HoneyButterfly」は「演者・中島健人」に寄ったものになったなぁという印象だ。
それは主に、映画「黒崎くんの言いなりになんてならない」を継承・模倣した演出(どれほどこの作品を大切にしているかが見て取れる演出で素晴らしかった)や、これまでの歴代主演作品の主題歌メドレーがあった所からも言えるような気がしている。
きっと彼の中で、「演技」「役者」としての自分を大切に思うがゆえの演出だったのではないだろうか。そして、きっと今年はそういった面を魅せたかったのだろうと感じた。

 


そんなコンサートは、全体的に大人っぽく少しアダルトで落ち着いた雰囲気の曲がメインになっていたが、それでも彼らしいポップでキャッチーでメルヘンな面も出していて、そのバランスがなんとも絶妙だった。
大人め路線に偏りすぎる訳でもなく、今回のテーマとなっている「バタフライ」の世界が全開という訳でもなく、合間合間にちゃんとわたし達の好きな「ラブケンティー」を持ってきてくれる。「Sexy Zone中島健人」を見せてくれる。だからこそ、こちらも彼の作り出す世界観に入りやすく「いつのも中島健人」の延長として彼のパフォーマンスを楽しむ事が出来たように思う。
バランス感覚がとても良いんだろうな、と感じずにはいられない構成になっていた。

 

また、ジュニアの使い方が凄く上手で驚かされた。
あくまで主役は中島健人なのだが、悪目立ちしない程度に、雰囲気を壊さない程度に、絶妙な加減でジュニアを導入してくる。
時に揃いのダンスを披露したかと思えば、メインバック数名で個々を魅せる演出をしていたり、ここぞの見せ場のタイミングでは惜しげもなく大量にジュニアを投入させたり。
ジュニアをあそこまで上手く使いこなせていたのを見て、今後なにかプロデュースをしてほしいなぁと思わずにはいられなかった。

 

 


さて、今回のソロコンサートのタイトルが「#HoneyButterfly」との事で、自身が蝶(バタフライ)となり、ファンという花の蜜(ハニー)を吸いに行く、というコンセプトだったのだが。
「ひとつひとつの花にはその意味がちゃんとある」との事で、毎公演で選ばれたひとつの花と、その花が持つ花言葉を披露しては、花言葉にちなんだ甘いセリフを言っていた。
今回のソロコンサートのコンセプトでは「花(ハニー)=ファン」だと例えており、「ひとつひとつの花にはその意味がちゃんとある」と花言葉を紹介していた事から、「ファン」にもひとりひとり個性があり、意味があり、そうしてあの場にいたひとりひとりを尊重してくれていたような(SMAPの「世界にひとつだけの花」的な)なにかそういった意味合いが含まれた「花言葉紹介」だったのではないかと勘繰ってしまった。なにひとつとして無駄な事はない、意味のない演出はしない彼の真意が気になる所だ。

 


ファンを「ハニー」と称し、自身を「バタフライ」と称す。そして、「会場にいるハニーの蜜をバタフライが吸いに行く」という事で「客席降り」をするのだが…。
客席降りをして怖いのが、なにかしらの事故が起きるのではないか、という事だろう。
同じ高さ・目の前に大好きなタレントが来るとなると、中には興奮して我を忘れてしまう人もいるだろう。
客席降りをした瞬間ファンに詰め寄られたり、タレントがファンに引っ張られたりと、過去にそういった事が起きており(わたしも目の前で見た事があるが)、その都度無理に客席降りをしなくてもいいのでは?と思っていた。
いくらマナーを守っていて大人しく見ていても、実際タレントが目の前を通り過ぎると、ふと理性をなくしてしまう。
熱狂的なファンが多いソロコンサートという場だからこそ、安易な客席降りは難しいのでは?と思っていた。

 

しかし、彼はそれを見事にやってのけたのだ。
客席降りをしたタイミングは計2回、1度目がコンサート中盤の「LOVE風」、2度目がアンコールの「Hey Summer Honey」。
何が素晴らしかったのかと言うと、その2度に分けた客席への降り方である。

 

1度目の客席降りとなるタイミングは、コンサート中盤のタイミングだった。
NEWSの「touch」と自身のソロ曲「LOVE風」の2曲を披露する流れだったのだが、「touch」を披露する前に、サポートするジュニアからの指示で「次からの2曲は座って見て欲しい」と言われ、客席は全員が座った状態となった。
その状態でステージ上から「touch」を披露した後、次の「LOVE風」では簡易な椅子を抱えて中島健人単体で客席に降りてきて、客席通路に椅子を下してファンの近くに寄って歌うのだ。
もちろん、ファンは皆座った状態なので、手を出す事も詰め寄る事も出来ない。

 

そうしてファンに一度客席降りの耐性をつけさせ、ファンに「大人しく見ているだけで本人の方からやってきてくれる」という意識を植え付けた後に、アンコールで再度客席降りするのだ。
アンコールでの客席降りでは客席間の通路でパフォーマンスをする事もあるのだが、そこまで酷い状態にはならなかったように感じた。
ここまで見事に客席降りをしたタレントはいただろうか。いや、わたしは見た事がない。

 

前述した通り、客席降りは一歩間違えば事故を起こしかねない。だからこそ、タレント側の覚悟や、タレントとファンとの信頼関係がないと難しいように感じている。
特にファン思いである彼の事だからこそ、どうすればパニックを最小限にして客席降り出来るのかと考えた結果のこれだったのかと思い、本当にそういった意図での2回の客席降りであったのなら、惚れ直しも良い所、益々彼についていきたいと思ってしまう。

 

 


また、テーマに則り、曲名に「バタフライ」の入った曲を披露する流れもあった。
どれも中島健人節で表現されていて、それはとても艶やかで、色っぽく、素敵な魅力的なパフォーマンスだった。
バタフライメドレーとしての3曲は、関ジャニ∞大倉のソロ曲「Butterfly I love」から始まり、Kinki Kidsの「Bonnie Butterfly」、KUT-TUNの「BUTTERFLY」と続く。
同じような雰囲気で上手く「バタフライメドレー」として括ったなぁと感じたが、ひとつとして同じ魅せ方をしないのも印象的だった。
例えば初っ端の「Butterfly I love」はステージの一番高い所から動かず踊らず、蝶の羽の形をしたモニュメントの前で歌うのみであった。(OPでは綺麗な蝶の羽の映像を背負って出てきたのに、このタイミングでは映像ではなく作られたモニュメントの蝶の羽を背負っていた所もまた面白い)
次の「Bonnie Butterfly」ではジュニアの岸優太と2人で揃いのダンスを踊りセクシーに魅せる。2人で歌うあたりが先輩へのリスペクトを感じる。そして最後の「BUTTERFLY」では曲の雰囲気と絶妙に合うレーザを多用させたかっこいい演出で魅せる。
「バタフライメドレー」として淡々と3曲を踊り歌うのではなく、その曲その曲にあった魅せ方をしてくる所がとてもらしいなと感じた。
きっと何かしら思い入れのある曲達が選ばれているのではないかと思料しているので、また雑誌等でソロコンについて語ってくれる日が来るのが待ち遠しい。

 

 

さて、コンサート全体を通して感じたのは、その歌声の強さだ。
これまでもある程度安定した歌唱力を持っていたように感じていたのだが、今回のソロコンサートでその歌声を聴いたら、驚く程更に上手になっていた。
のびやかに最後まで綺麗に出る高音、連日歌い続けても枯れない声(強い喉)、感情を込めた歌い方、歌う中での遊びも効かせられるようになっていて、すっかり「歌で魅せる」という事をモノにしているような感じがした。確かな成長を感じた。一体いつの間に練習したのだろうか、きっと見えない所でまた地道な努力を重ねていたのだろうか。

 


そして「いきいきとした中島健人」がそこにはいた。これがとても印象的であり、そしてわたし自身がなにより見たかったものであった。
あんなにいきいきとした表情を見れるとは思っていなくて、その表情をコンサート中に見ては何度嬉しいと感じた事だろうか。
というのも、最近になって雑誌で語ってくれた話だが、年始の「ジャニーズ・ワールド」の真っ最中に彼は体調を崩し、一時期は点滴を打ちながらもステージに立ち続け、その後も完全に体調が復活するまで時間がかかった、との事だった。
確かにあの頃は、身体が、というよりも、なんだか心に元気がない(消沈している感じ)状態が続いていたなぁと、わたしがこの目で見た範囲でもそう感じる事があったのだ。
そう、この春ぐらいまでは、なんだかずっと、大変そうだった。それは見ているのが少しばかり辛く感じる程に。
そんな彼が色々なものを乗り越え、またいきいきと楽しそうにステージに立っている。
最後の挨拶で何度も繰り返し「幸せだ」と彼の口から聞けた事、その姿を見れただけで、なんだか涙が出そうになった。
だからこそ、本編最後に歌った「再生の曲・永遠の愛の曲」としている「Forever L」が心に響いて、胸が締め付けられる思いでその歌声に聞き入ってしまった。

 


去年はオーラスで赤いバラの花束を抱えながら泣きじゃくってファンへの感謝の言葉を述べていたのが印象的だったが、それはオーラスでなくとも全編を通してどこか不安げで、「本当に好きでいてくれるの?信じていいの?」とファンに確認しているように感じる所があった。
しかし今年はどうだろう。逞しく、頼もしく、すっかり青年となったその姿。時に実年齢以上の色気を醸し出し、かと思えばきゅるきゅるとした愛くるしい表情を見せてくれていた。
去年見たそのどこか不安げな中島健人はもうそこにはいなかった。でも、彼の根本は変わらず、ファンを大切に思う気持ち、確固たる自分の信念や夢を抱いて、真っ直ぐしっかりとそこに立っていた。
去年が「ファンからの声援でステージに立っている」のであれば、今年は「ステージの上からファンを引っ張り上げる」ような印象だ。声援を受ければ受ける程逞しく頼もしく輝ける中島健人の姿はとても美しかった。

 


きっと、中島健人は、他者と比べれば少しズレているのだろう。
ただし、ズレというのはきっと誰もが抱えているもので、いかにそのズレと向き合っていくか、そのズレを磨く事が出来るのか?という事が大切なのではないかと思った。
今回のソロコンサートではそんな彼自身のズレすらも愛おしく、そしてそんなズレを最強の個性としている中島健人が堂々とそこにいたように感じた。

 

 

中島健人のソロコンサートは愛に溢れていて、いつまでもこの空間の奇跡が終わってほしくない、そう感じるものだった。
しかし一時のもので儚いからこそ、その瞬間、最大級光り輝くのだろう。
あの瞬間、あの空間があった事、中島健人が確かにステージの上で輝いていた事を、わたしはこれからも色褪せる事無い大切な思い出としてしまっておこうと思う。
中島健人バタフライに蜜を吸われたお返しとして、彼からは言葉では表し切れない大きな大きな幸せをもらった気がしている。
(個別の曲の感想やその他雑記はまた別の記事で(まだ語る気でいる))